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アカデメイア派懐疑主義

ティモンからアイネシデモスまでの断絶期間中に懐疑主義に大きな貢献を果たしたのは、プラトンが創設したアカデメイアであった[26]。但し、プラトン自身が懐疑主義者だったわけではなく、その後の学頭アルケシラオス(前316/315年ー前241/240年)がストア派を反駁するために懐疑主義に方向転換したからである[27]。ピュロン主義の重要な用語である「判断留保」(エポケー)もアルケシラオスの考案ではないかと言われている[28]。初期のアカデメイア派懐疑主義の特徴は、対人論法という議論の形式にあった[29]。これは、プラトンの師ソクラテスが行っていたように、相手方の主張を仮定的に前提とした上で、そこからどのような結論が導き出されるかを探究する手法である。アルケシラオスおよび同じくアカデメイア派のカルネアデス(前214年頃ー紀元前129年)らが引き出した結論は、仮にストア派の前提が承認されるならば、彼らは不可知論に陥ってしまうということであった[30]。

アルケシラオスやカルネアデスの徹底した対人論法はその後廃れ、さらに後代の学頭ラリサのピロン(前159/58年頃ー前84/83年頃)の下で、アカデメイア派は、不可知論を正式な見解とした上で、信頼性の高い表象から真理へと漸次接近するという立場を取るようになった[31]。しかし、このような立場は結局のところ、現存しない理想的な知者を目標として漸次探究するというストア派の見解と異なる点がなく、アイネシデモスはついにアカデメイア派と決別してピュロン主義を再興することになった[32]。

古代の医学における懐疑主義 [編集]
古代の医術に関する立場の中には、経験主義と方法主義という考え方があり、セクストスによれば、どちらも懐疑主義と親和的であるが、前者は不可知論に陥らない限りにおいて親和的であり、後者の方がより親和的であると分析している[33]。もっとも、実際には、ピュロン主義者であり経験主義者であった医者は多くいたが、セクストスが言うようなピュロン主義と方法主義を両立させている人物は、史料上およそ知られていない[34]。ここで経験主義とは、医術の実践における経験と熟練を重視し、過去の医療記録を尊重する立場である[35]。これに対して、方法主義とは、医術全体の学習には六ヶ月もあれば十分であり、ヒッポクラテスの「人生は短く、医術は長い」を転倒させて「医術は短く、人生は長い」と考えていた人々のことである[36]。セクストス以前の著名な医者ガレノスも、『経験派の概要』などにおいてこれらの立場を詳しく論じている[37]。

アカデメイア派懐疑主義とキリスト教の真理論 [編集]
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既に古代ギリシャにおいて学問的によく練られていた懐疑主義は、実際にはかなり通俗化した形でしか広まらなかった[38]。とりわけピュロン主義は、主要な著作がギリシャ語で書かれていたということがこれに拍車をかけ、1562年にセクストスの『ピュロン主義哲学の概要』がラテン語訳されるまでは、学問的に忘れ去られてしまう。これに対して、アカデメイア派懐疑主義は、キケロがその支持者として『アカデミア派』全4巻を著したことにより[39]、批判の対象になりながらもキリスト教哲学に影響を及ぼすことになった。事実、アウグスティヌスは、一時期キケロの『アカデメイア派』に親しみ、懐疑主義の立場を取っていたことが今日では定説となっている[40]。アウグスティヌスはキリスト教に改宗した後で、『アカデミア派反駁』という書物を著したが、そこで彼はアカデメイア派懐疑主義を次のように評価している。

あらん限りの力をふりしぼって真理を探究するというわたしたちの仕事は些細で不必要なことではなく、むしろきわめて必要な、しかも最も重要なことであるとわたしは思う。この点については、わたしとアリピウス〔引用者註:アカデミア派懐疑主義の擁護者〕とは意見が一致している。というのは、すべての哲学者たちもまた、各自の考える知者が真理を見出したと思っているし、また、アカデミア派の人々も、知者は真理の発見に大いに力を尽くすべきであり、また実際に知者は注意深くそうしていると認めているからだ。だが、真理は覆われ秘められているか、あるいは、錯綜していて明かとはなっていないのだから、実生活上は蓋然的なもの、または似真的なものとして現れてくることに従うのだと、彼らは言っている。

? アウグスティヌス『アカデミア派反駁』3巻1章, 清水正照訳『アウグスティヌス著作集』第1巻、教文館、1979年、p.87-88.

初期アウグスティヌスの真理論は、矛盾律や排中律から出発する[41]。

もし世界に四つの元素しかないならば、五つの元素はない。もし一つの太陽しかないならば二つの太陽はない。同じ魂が同時に死に、かつ不死であることは不可能である。

? 『アカデミア派論駁』第3巻13章29, K. リーゼンフーバー『西洋古代・中世哲学史』平凡社、2000年、p.206.

しかし、このような真理論は、現実がどうなっているのかについて知識をもたらすものではない[42]。ここからアウグスティヌスは、より根源的な問いへ、すなわち自己認識の確実性へと思い至る[43]。

自分が生き、想起し、知解し、意志し、思惟し、知り、判断することを誰が疑おうか。たとい、疑っても生きており、疑うなら、なぜ疑うのかを記憶しており、疑うなら、自分が疑っていることを知解し、疑うなら、彼は確実であろうと欲しているのだ。疑うなら、思惟しており、疑うなら、自分が知らないということを知っている。疑うなら、彼は軽率に同意してはならないと判断しているのだ。

? アウグスティヌス『三位一体論』第10巻10章, K. リーゼンフーバー『西洋古代・中世哲学史』平凡社、2000年、p.208.

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2009年03月27日 11:26に投稿されたエントリーのページです。

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